2009年12月 9日 (水)

飛騨の花餅

久しぶりのお休みとなった今日は、飛騨路へと向かった。国道41号を高山方面に向かい下呂市小坂から御岳方面へと・・・この辺りからは景色がガラリと変わり、年の瀬をまじかにしてか、どの家も冬支度が急ピッチに進んでいるかのようでした。樹木には雪つりがしてあり、塀の中にある納屋の軒には焚き木が積まれています。干し柿だって、大根だって軒に沢山吊り下げてある。濁河温泉に到着し、早速着替えて露天風呂へと駆け込んだ。今日の気温はまだ暖かくて8℃ぐらいであろか、昨日の朝は氷点下1℃だったというから9℃も違って暖かい。Nikon2009_1209_011

旅館の玄関先には、飛騨地方にまつわる正月用の花餅が飾られて、迎春ムードも漂う雰囲気を味わうことも出来ました。赤・白・黄・緑の色鮮やかな餅を、小さく手で丸めて樹にくっつける飛騨伝統の花餅です。高山市の宮川沿いで開かれる朝市では、こうした飛騨伝統の花餅が昨日から売り出されていると聞きました。2009_1209_026

温泉は、御岳七合目に位置していて秘境、秘湯ムード漂う高所温泉郷で、階段を50mくらい下ったところには自然の息づく露天風呂があります。温泉の泉質は硫酸塩泉で御岳山から湧き出る天然温泉です。飲用もでき内臓疾患の病にも効果抜群とも言われます。日帰り温泉入浴もできますが、ここの温泉の湧き水で炊いた湯豆腐は隠れ料理としても有名なところです。2009_1209_034

昼間から、温泉の露天風呂に入って隠れ料理の湯豆腐を頂くなんて・・・こんな贅沢して好いのかと思うぐらいです。わたしにとっては、明日の英気を養ってくれる温泉は息抜きの場所でもあり寛ぎの場所でもあります。

明日はどんな出会いが待ってくれているのでしょう

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2009年12月 8日 (火)

寛ぎの場所はどこ

皆さんがゆったりと寛げる場所は何処ですか・・・人によっては、寝るときとか風呂に入っている時間帯、茶の間でテレビを見ながら煎餅をパリパリ。或いはトイレだと言う人もいるし、ボケッとしているとき、また友だちらとの雑談しているときなど人様々で、色々と寛げる場がおありかと思います。わたしの場合はと言うと、風呂に入って一日の疲れを癒しているときでしょうか。この時こそ、一番の寛げる場所でもあります。昨日は今朝の紙上に掲載する明日の歴史版に、文豪夏目漱石の記事を書いた。漱石がこの世を去ったのが1916年(大正5年)12月9日で、享年49歳の若さと云われています。持病だった胃潰瘍が悪化し、東京の自宅で死去したとされる。当時の夏目漱石の肖像画や写真から、とても49歳とは思えぬぐらい老けていたように思われる。漱石が残した代表作「我輩は猫である」「坊ちゃん」「門」「こころ」などの有名な著書は一体、何歳のときの執筆なんだろうと過去を遡ろうとした。しかし、これほどまでに有名な文豪の過去など振り返ったところで、誰にも感謝されるものでもないと・・・ならば、静かに漱石の著書を読み返すのも寛ぎの時間として良いかも知れない。Natsume_soseki_photo わたしが産まれる6年前の1941年(昭和16年)12月8日(米国時間12月7日)の未明のこと。陸軍は英領マレー半島に奇襲上陸、海軍はハワイの真珠湾で米太平洋艦隊を奇襲したのです。「大本営発表・・・本日未明、帝国陸・海軍は西太平洋上に於いて米英と戦闘状態に陥った・・・」すなわち、太平洋戦争の開戦でした。わたしの親父は当時、岐阜の田舎で百姓をしていた。戦争が劣勢になった昭和18年に、たった一枚の赤紙が来て召集されたのです。初年兵として連日、厳しい訓練が始まりその半年後に支那の連隊に配属された。支那では対日本に対する激しい反撃があり、親父は死に至るような重傷。野戦病院を転々とし、終戦の年である春に日本本土に帰ることが出来た。その後、療養所から退院したのが20年の夏だったと聞いている。そして終戦を向かえたのです。百姓だったのが幸いだったのか、終戦の貧困時代でも食うには困らなかったようだ。岐阜や名古屋からヤミ米を求めて農家に反物や、米に替える衣類や家財道具の一部など、物々交換のようなもので交換したという。当時は米はお金に換わる貴重なものでしたし、わたしらには口に出来なくとも、物々交換や米の買出しにくる人たちに回される宝物だったと。このような戦記歴史などを書くと、親父のことを思い出してしまう。その親父は昭和26年の春この世を去ったのだ、親父34歳の短い生涯でした。

さて、今日の美味しいでは何だったでしょうか。今日はカミサンが造ってくれた「おむすび」です。海苔は捲かずににご飯を塩水で握っただけのシンプルな「おむすび」です。具は昆布と塩漬けしたサクラエビに、梅干だけですが美味しかったですよ!先日は焼おにぎりでしたが結んだだけの「おむすび」も好いものですよ。2009_1208_021

明日は久しぶりのお休みです。温泉にでも出掛けようかな・・・それとも、買い物のお手伝いかな。明日も素晴らしい出会いがあるかも知れませんね、それを楽しみに・・・。

それから、イルミの(3)を『pecoさんのぼやき』に掲載しました。今夜のイルミは、可児市下恵土にある可児市文化創造センターの広場に設けられ夜のファンタジーです。どうぞご覧くださいませ。

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2009年12月 7日 (月)

鳩山さん、しっかりしてよ

民主党株がここにきて急落!    それにしても財閥の孫たちは、金の値打ちが解からないのかなぁ・・・月に千五百もの大金が入っているのに、知らなかった存じませんでした?寝耳に水?いやいや冗談では済まされないですよ、鳩山さんご兄弟!東方の総理大臣そして西方の野党となった邦夫さん・・・それぞれに年間一億八千万の大金が、知らぬ存ぜぬの間に母さまから献金まがいの大金が振り込まれているとは、私たち庶民には雲の上の超大金が・・自民党の金権問題や無責任な内外政が永年続いて、トップに立った人たちの短命また短命に世の中の無党派層がNOを突きつけ、民主党ならば絶対にマニフェスト通りに、無駄金使いに終止符をうってくれるだろうと信じていたのに。亀さんだって、4年前に小泉劇場の犠牲になったものの、ここにきてストップザ郵政法案を覆す勢いに連立与党はタジタジです。福島さんも来年の参院選を見込んで、昔の護憲を言い出す始末に影の総理である小沢さんは何を思っているのでしょう。仕分けは結構なことですが、今まで手当てが支給されていた子供手当てなどがカットされるとか、小さな子供さんを持つ親たちは大変なんですよ。不況の最中、一時金などが大幅にカットされたり、一銭も貰えない家庭だってあるんだからね。金の価値観が解からない人たちが、国会の場で論議しても私たちは何を評価していいのか解からないじゃない? 豆腐一丁、玉子一個の値段知ってるかい?何にも知らないよね・・・上辺だけで少子化対策、福祉対策、景気対策と言って吼えても、私たちは騙されないからね。来年度の予算から三兆円を削ることは大いに結構だが、皆が待っている経済の建て直しと、小さな子供を抱えるお父さんやお母さんたちの気持ちを組んであげてよね。おっと、忘れちゃいけないよ・・・お年寄りたちにも、今まで日本のためにと一生懸命に働いてきたんだから、少しぐらいはお恵みをあげてください。沖縄の米軍基地問題にしても、大阪府の橋下さんが個人的に申し出た関空に移転する議論を真剣に考えたら?そうすれば永年、基地問題で揺れ動いた沖縄県民の願いが届くよ・・・。あっそうか、福島さんらが日本から基地は出て行けって絶対反対するよな。政治は利権があったりでほんと難しい。いつもpecoさんが吼えている国会議員の定数是正をして、過剰な先生たちを整理してください。先生お一人に懸かる国の経費は、莫大な数字なんですよ。いまの先生たちの1/4で、国の政治をしてもらうのが一番理想です。このことは先生たち誰一人として立案されない、つまり自分たちの懐勘定に委ねてるからであります。そうすれば、赤字国債発行なんてしないで済むかも知れない。日本丸のキャスティングボートは、誰が握るかではなく我々国民がしなきゃ・・・米国のタイガー・ウッズではないが、愛人が五人いや六人もいたなんて騒がれているが、かつての政界にはそのような豪腕の政治家もいたとされる。金にまつわる政治家は、金によって腐敗してしまうのは明らかですが、選挙には金が掛かる運動であって国会よりも、その資金集めに翻弄する先生もかなり居ると思われる。来年の参院選は、どのような展開になるのでしょうか。

今日のお昼は蕎麦処の「サガミ」でした。ランチメニューで。好みのミニ天丼+ざる蕎麦のセット品なんです。2009_1207_001これでお値段は980円ですよ!最後に蕎麦湯がついてきます。

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今日は帰ってから、可児市のイルミ撮りに出掛けました。毎年、9月になるとイルミの準備に取り掛かられる可児市緑一丁目のFさん宅。バスで見学に来られるという凄いイルミバージョンなんです。この写真は『pecoさんのぼやき』に掲載してありますので、右サイドバーからお越しください。明日も近場の撮影ですよ・・・ご期待ください。

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2009年12月 6日 (日)

わたしの口癖とは

「やばぃ~なぁ」「なんだよぉ~これっ」「おぃおぃ…」これが、私の口癖らしい。一日に何回もこういった言葉がポンポンと出てくるらしい。自分では気がつかないが、この三つの言葉が仕事中などで頻繁に喋っているらしい。自分では全く気がつかないし、他人からすれば独り言の口癖に見えるのだろうか。「無くて七癖」とも言われるのが、私たち人間の癖なんでしょうかねぇ。暇な人でも「あぁ~忙しい忙しい」「あっちゃぁ~」「あぁ~嫌になっちゃう」などなど、いろんな言葉が出てくる。それと、口八丁手八丁と言うことわざがありますね。口も達者なら手も達者なことらしいが、こういったのはその人のパフォーマンスだから良しと見るべきですよね。そのほかにも口に関係したことわざが沢山あります。口は災いの元・・・ひと言余計に言ったがために、相手から失言ではと思われることだってある。もう一つ、リップサービスはどんなことを指すのでしょうか。相手を褒める称える言葉とか、接客業の方などお客に対する口でのサービスと思っていいのでしょうか・・・。仕事ではこういった口に関する災いがよくありますが、言った言わないでひと騒動あったのを思い出します。高校野球の大会でのことですが、囲み取材が終わった在る監督との談話で、そんな事言わない、いいえ・・・言いましたと苦い経験がありました。それ以来、わたしたちは取材ノートなどとは別に、ICメモリーや録音再生機などを身に持つようになった。書くことが仕事の我々にとっては、何とも強い味方が就いたものだと喜びました。今ではコメントを聞く時には、無くてはならない大事な必需品となった。世の中、所狭しと言えどもいろんなニーズも変わってくるものですね。2009_1206_003

今日は先日ブログアップした我が町内のお祭りでした。そのお祭りとは「権現さまのお祭り」で、昔は12月1日に行われていたお祭りです。今年の豊作を祝って、お社で神さまに感謝する日でもあり、近くの神社でお祝い事をする行事でした。ついでにと、裏山にあるお社まで参拝してまいりました。海抜100㍍そこそこの山ですが、上り坂は険しく途中で二度ほど休憩しながらの登山でした。そして午後からは温泉へ・・・何時もの温泉で、関市上之保温泉です。柚子湯にもなっていて、露天風呂や内風呂にも柚子が袋入りで湯船に浮かべてありました。2009_1206_012

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温泉の温もりはいいものですね・・・ここは、アルカリ性単純泉で、50㌔離れた下呂温泉と同じツルツル感があって、入浴後の2時間ほどは身体がホカホカします。年内はあと2、3回はこれそうな温泉です。そのあとは、夕暮れからイルミネーションを撮りに関市まで・・・一般家庭の玄関先には、見事に飾ったクリスマス用のイルミネーションが点灯していました。この写真などは右サイドに貼ってある『pecoさんのぼやき』に掲示してありますので、ご覧ください。

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2009年12月 5日 (土)

カリスマ的な人間

人には色々な性格があって、持ち前のキャラクターで明るく振舞う人もいれば、逆に人前に出るのをためらう人もいる。言葉だってそうだ、ゆっくりと喋る人、早口の人もいる。我々人間って千種万別なのだろうか。昨日は会合があって、そんな光景を目の辺りにしてそう感じた。題目は一応決ってはいたが、各自の机上には今どき珍しいガリ版で印刷された資料が、ホチキスで三部ほど閉じられていました。一通り目を通して見たが、どうも内容がいまいちなのである。この会合に出席したのは、僅か18名程度で半数近くが欠席。案内が遅すぎたのか、連絡が徹底していなかったのかは定かではないが、それにしても会合とはちょっと懸離れた集まりでした。司会者はというと終始、議事録通りにことを進めるだけで「テーマは○△×」でしかも棒読み状態なんです。本来、会議や会合は「会議の内容、趣旨」がはっきり詠ってあり、その都度、議案が終われば出席者の意見を聞くのが普通のやり方かと思うが、そういう発言の場が一切ありませんでした。こうした単なる発表会では何も会合ではないはずだがと思ったが、今日は終始黙って聞いていた。時間にしたら僅か1時間ほどで終わったのだが、最後にわたしは立ち上がって「この会合のあり方に疑問が…」と叫んだ。「わざわざ時間を割いてまでこの会合に参加したが、こんな会合だったらプリントして各自に渡すほうが良かったのではと」注文を付けてしまった。会合や会議は意見がでて当然だし、出席者も手を挙げて意見を申すのが会合ではないでしょうか・・・

先週行なわれた別の会合では、司会役は慣れたものでひとりひとりに意見を聞いた。テーマも事前に四つほど議題にあげ、そのテーマに対し、問題点やら今後における解決方法の推移を図るにはどうした良いのか、各自が述べるように注文を出していた。例えば例を挙げると販売会社で営業の拡販であれば、他社より販売の成績を挙げるにはどうしたらよいか、今期の売り上げ計画から達成がマイナスになっているがどうしたらプラスに出来るか、また達成するには何をセールスの目玉にするのか・・・このように、ポイントがしっかりしてないと、先ほどと同じように発表会に終わってしまう。人間なにもカリスマを持てとは言えないが、その人にしかない話術があれば、きっと素晴らしい特技が芽生えるかもしれません。人に話しかけることは正直難しい話術でもありますよね、話上手な人は聞き上手とも云われます。人間の耳は左右に二つしかありませんし、右から左に話の内容が消えてしまったら耳の役目はありません。頭の隅に残して貰うには話す内容にメリハリがあって、忘れられないように語り掛けることが最小限必要かと思います。

さて、今日の岐阜は朝から小雨でした。本当は今日はお休みでしたが、どうしても今日中に片付けておきたい仕事があって出掛けてしまいました。2009_1205_003

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今日のお昼は、近くの飛龍飯店でラーメンでした。鶏がらのスープに麺が絡んで味も何となくナチュラルなんです。明日の日曜日はお休みできるかな・・・。

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2009年12月 4日 (金)

中国の親友から無事の頼り

今から4年前に行なわれた愛知万博のとき、中国メディアの一員として来日していた呉さん。10月からメールをしても返事がなく、一週間後にその友人から公安当局に拘束されたと連絡が入いり、呉さんの行方を心配していました。ところが今朝、その呉さんからメールが届いていた。安否を気遣ってくれてありがとう・・・詳しい経緯は判らないにしても、元気だったという頼りにホッとしました。この記事は10月30日付で記載しましたが、約1ヶ月ぶりに無事であったことが確認されました。日本と事情がまったく違う中国のこと、言論の自由が未だに自由でないお国柄で、例えメディアといえども国内の出来事を、諸外国へ発信するのはご法度な国なのです。という事はわたしの近辺も、きっと中国情報国際局の手によって調べられた事かと推測される。別に私達は相互間の秘密情報を連絡し合っている、スパイ組織ではありませんから大丈夫と思いますが・・・(爆)    愛・地球博覧会は2005年3月25日から9月25日までの半年間に、国内外から約2,200万人もの人が押し寄せた。名古屋市東部の丘陵地である長久手町それに瀬戸市に会場を持ち、世界の国から多くの出展があった国際博覧会でした。人気のパビリオンには3時間、4時間待ちなんてザラだったし大阪万博に次ぐ日本で開かれた国際博覧会の規模だったと思います。(写真は当時撮影したものです)2005_0811_244

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来年は上海で2010年国際博覧会が開催されます。日本からも多くの企業が出展するというが規制が厳しい中国のこと、どんな波乱が起きるのか注目しています。

さて、今日の出会いはお昼ご飯です。美濃加茂市太田町にある中濃体育館の真西にある「たっちゃん」のお昼ランチです。久しぶりに食べてきましたが、何時もながらその量にビックリです。お昼はランチのみですが、夜は居酒屋としても営業しています。2009_1204_005

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メニューは出汁巻き玉子焼き・鮪の刺身・鯖の煮付け・ジャガイモの煮付け・イカと胡瓜の酢の物・トン汁・漬物の七品です。全部を平らげることは出来ませんよ・・・お昼ランチは千円です。但し、月曜日が定休日なのでお忘れなく。

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2009年12月 3日 (木)

人情味溢れる好青年

ある飲食店での出来事です。七十歳も後半の男性老人が、無銭飲食で店の従業員らに詰め寄られ小突かれていた。その老人は、所持金もなく途方に暮れていた矢先、目の前の店に入り千円そこそこの丼ものを注文し、食べて代金を踏み倒そうとしたらしい。何処にもありそうなこととはいえ、目の前でその光景に出くわしてしまった。年の瀬を控えて、このような老人たちは切ない思いをしているのだろう。通りすがりの人間として、ただ黙って見ているだけではこの老人のような哀れめに何とも思わなかったかも知れない。そのうち、店主らしき人が出てきて警察へ行こうと言い出してその老人の腕を掴んで、強引に引張ろうとした。老人は何度も頭下げ、今はお金がないけどきっと返すからと、手を会わせて許して貰おうと必死の姿・・・。人垣も出来るほどになり、大勢の見物客が見守るような気配に唖然とした。見ず知らずの老人だが、余程のことだったのであろうか。腹が減っていたばかりに無銭飲食したのは許されるべきではないが、その表情に同情させられてしまった。そのとき、年恰好は30台ぐらいであろうかサラリーマン風な男性が、店の店主に老人が食べた料金を払うから勘弁してやってくれと手を挙げたのです。その店主も結局は折れて、何もなかったことになった。恥ずかしいが私が取った行動ではない、見ず知らずの若い青年が見かねた誠意ある行動だった。その老人は何度もそのサラリーマン風の男性に頭を下げ、街中に姿を消して行った。無銭飲食は刑法では詐欺罪に該当する。年間、日本ではこのような事件が3千件あまり起きているのです。その大半が高齢者ですが職に在りつけず、挙句の果て無銭飲食して警察に補導されるケース。たかが千円といえども、そういった行為に走る人は所持金なんて無いのに等しいのです。老人が犯した行為が犯罪となるケースだってあるし、年末にかけてこのような行為が増えてくるの偲びがたいですね。

今日は無性にシンプルな食べ物に憧れ、焼おにぎりをカミサンにリクエスト・・・結んで焼いただけのおにぎりなんですが、醤油の焦げた匂いがおにぎりに染み付いて美味しかったです。おにぎりも、海苔を捲いて握ったものや海苔などで捲かず、そのまま握ったものとかいろいろと種類もあるのでは・・・海苔もパリパリの海苔をその場で捲いて食べのが好きな方もいらっしゃれば、炊き立てのご飯を結んで海苔を捲いたものもありますが、貴方はどっちがお好みですか。。。今日は焼おにぎりをUPさせて頂きました。Nikon2009_1203_061

今日は朝からどんよりとした曇り空でしたね。八時前ごろから降りだした雨が、やたら冷たい感じでした。明日の岐阜地方はお天気も回復して、晴天との予報です。明日はどんな出会いが待ってくれているのか楽しみです。

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2009年12月 2日 (水)

ナンバーディスプレー

我が家の固定電話はナンバーディスプレーにして、かれこれ14年ぐらい経つと思います。当時はやたらと、勧誘や不本意な電話が多くて迷惑していました。かかって来るのは大抵がナンバー表示がなく、いわゆる非通知での電話。娘がまだ嫁ぐ前だったのか、何処でどう調べたのか頻繁にかかってきました。私か家内が受話器を上げると無言とか、直ぐに切れてしまうことに業を煮やし、NTTに頼んで非通知での着信拒否、それにナンバーディスプレータイプの親子電話に変えてしまいました。それからは、そのような勧誘やら迷惑電話それに、非通知での電話もバッタリ収まり安心していました。それからは携帯電話も、非通知でかかってくるのは全て着信しないようにしてしまった。そのうち、何件かはpecoさんにかけても繋がらないけどと、苦情が出てしまいまして、経緯を話して番号通知でないと繋がらない設定なのでと・・・。皆さんは、どのように固定電話とか携帯電話など設定なさってらっしゃいますか。常時2台の携帯を持ち歩き、1台は会社からの供与品で仕事用で使っていますし、もう1台はわたし個人用です。個人用は使用度もめっきりと少なくなり、この春に用途を変えて使う回数も少ないので月毎、一番お金が掛からないものに設定し直して使っています。ですから月に掛かる携帯電話の維持費も、カミサンのものと2台でも六千円ぐらいで済みます。

岐阜は今日も暖かな小春日和でした。まさにポカポカ陽気といった気候でしたし、気持ちが良い青空でした。師走に入って2日目ですが、とても師走とは思えない陽気ですね。そのせいか、岐阜県下のスキー場は何処も閑古鳥が鳴いているとか。まだオープンしていないところもあるようですが、ここ数日がスキー場開きを予定しているところも多く、この暖冬気配に頭を抱えているスキー場もあるそうです。

さて、今日の出会いは岐阜県揖斐郡大野町でした。日替ランチが安くて美味しかった店を紹介しましょう。大野町にある「ことは」という店です。食後にコーヒーがついて700円でした。Nikon2009_1202_006

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六品ついていました。海老と白身の魚フライ・ひじきと人参の煮付け・酢の物・味噌汁。漬物。茶碗蒸しなどです。そしてコーヒーがついてましたよ。朝は11時半まで、モーニングセットがついたサービスがあるようでした。

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2009年12月 1日 (火)

昔話あれこれ

今日から師走ですね。私がガキ大将の時ですから、いまから半世紀も前のことですが私が住んでいる町の部落で、こんなお祭りがありました。12月1日は、権現さまのお祭りというのがあって今日が、そのお祭りの日でもありました。先日、孫たちにお爺ちゃんが小さいときには、こんなお祭りがあったのじゃ・・・と言って話しをしてやりました。

権現さまはな、取組の裏山の頂上に祭ってある古い神さまじゃ。今から三百年ほど前に西にあったお寺が火事で燃えたとき、この神さまの社も燃えてしまって、それから立て直したと言われたんじゃ。この権現さまはそれ以来、12月1日の夜明けになると山の頂上で「たいまつ」を炊のいてのう、その灯りが夜明け前の空に輝いて、とても神々しくみえて この火を見た村の衆は、「山の上に、お火があがったぞ。お火がついたぞ。」と口々につぶやきながら、手を合わせて拝んだもんじゃ。こうしてお祭りがはじまるんやけど、このお祭りはその年の当番にあたった人たちがするんや。取組には三つの組があって、それぞれ「けんか組・ふすぶり組・お大尽組」と言う名前があってのう、三年目ごとに当番が廻ってくるんじゃ。お祭りは3日間続き、当元は「ぶつ切りのさより飯」を炊いて喰ったり、酒を呑んだり、それはそれは楽しいもんじゃった。村の衆には、あずきが入った赤いご飯の握り飯を配ったが、これを握るときはまた楽しいもんじゃった。「今年はどこの家に嫁さんがござったかな」「そうじゃなも、彦兵衛さんとこ、兼さんとこ、それに万吉さんとこじゃなかったかのう」「ああ、そうじゃった」などと話しながら、新しく嫁にきた人に配る握り飯は、普通のものの五・六倍もある大きなものをでかすんじゃ。それからもうひとつの村上さまのお祭りも、この日に一緒に取り持つのじゃ。この神さまには、餅米に白大豆を入れて「おこわ」にして、それを卵の形にまるめるのじゃが、それを手で握ると指のあとが鳥の足あとのようにつくので、「とりのこ」とも言ったそうな。そいで、12月1日の夜明け近くになると、山の上で「テレンコ・テレンコ」と、太鼓を鳴らすんじゃ。それが合図で村の衆らは、まだ薄暗いなかを山へ登って権現さまにお参りに出掛けんさる。「おはよう、おはよう」「ようお参りやあす」などと、挨拶をかわし合い急な坂道を登ったもんじゃ。

この権現さま・村上さまのお祭りはいまだに行なわれているが、祭典は山の上にある社ではなく、現在は神社で毎年12月第1日曜日に行なわれるようになりました。村上さまの社は、宝積寺の直ぐ脇に建てられていまして、同じ日に祭典が行なわれています。赤飯の握り飯や白大豆のおこわは時代の流れからか、何時ごろからか取り止めとなり今では神社の境内で、当元らによる餅投げが行なわれています。この餅を拾って焼いて食べると、来年は無病息災家内安全のご利益があると言われます。

さて、今日の出会いは 味噌煮込みうどんです 私が大好きな定番と云ってもいいでしょう・・・寒いときは温かい味噌煮込みが一番です。2009_1201_0004

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「らっしぁ~い」更科の女将は何時ものように大きな威勢のいい声で迎えてくれる。が、亭主は店の奥で・・・・・対照的な女将と亭主!でも、愛想がない亭主が打ったうどんは旨いのである。その謎がみそ?煮込みなのでしょうか。

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2009年11月30日 (月)

敬老予備群とでも

ふれあいサロン・・・好い名前のサロンでしょ!このサロンは我が町のサークルなんです。高齢者(65歳以上)のために月に一回、お茶を飲んだり、ご飯を食べたりして世間話しをしながらコミニュケーションを図る場のことなんです。世話をするのは、各地区のボランティアの方ですがその方たちが少ないので、町の福祉協議会が募集をしているという。高齢化社会が進むなか、我が町でも約25%が高齢者が占めるという。つまり四人に一人が、65歳ということになるのかと・・・明日は我が身なのだから、まだ65歳になっていないからいいや・・・では済まされなくなってきました。昔は40歳なんて、凄くお年寄りに見えたものでした。それが50歳を過ぎ、そして還暦を2年前に迎えてアレレッ・・・俺って一体何歳だ?なんて。いや、俺はまだ壮年なんだし、まだまだ若い者には負けない体力だってある。そう自負してきたのだが・・・仕事も来春で身を引かなければならないし、何時までも若い者に交じって現場仕事にでている様は、格好悪く見えてしまうのかと。早く引退しないと、次の人が育たなくなる?うーん。確かにそうだと・・・ポストは次の人たちに譲るべきと考えた。もう次の仕事も決まっていることだし、世間さまのように就職難で働きたくとも、働けない環境ではないのだからその点は有難いと感謝しなきゃならない。生涯現役を目指す心構えは今もって覆すこともしないし、働くことに生き甲斐を持っていることには変わりない。私の知人で年も同じ奴なんだが、私同様に二年前に定年退職。その後一年余りは嘱託として会社に残っていたが、昨年退職したのです。家のローンなどもあと3年ほど残っているとも言っていたし勿論のこと頂く手当ても、半分以下に減り基礎年金と手当てだけでは食べていけないと嘆いていた。そして半年は失業保険などでどうにか食い繋いでいたがその失業保険も切れ、現在は毎日のようにハローワークに通いながら、新しい就職先を探しているらしい。しかし、この年では何処も雇ってくれないらしい。男性の場合は50歳前でも、事務職なんていう仕事はない。仮にあっても日雇いのような肉体労働ぐらいだったと言っていた。ましてや62・3才では絶対にあり得っこないようだ。それでもひょっとしての期待感を持って、根気よく通い続けているそうです。初代団塊世代の皆さんはいま、苦労していますね。決して人ごとではなく何時、我が身に襲ってくるのかも知れない仕事無し時代に、恐怖感が漂ってきます。幸いにして家のローンも既に払い終え、3人の子供たちも片付いて苦しいながらも借金が無いだけ有難いことだと思っています。この先は粗大ゴミにならないよう、残りの人生を楽しみたいと願っている。

今日で11月も終わり、いよいよ明日からは師走ですね。カレンダーもあと一枚だけとなり、気忙しい季節となってしまいそう。今日の美味しい出会いをふたつご紹介しましょう・・・。岐阜市金華通りにあるムーアのモーニングですよ。Nikon2009_1130_003

分厚いトースト・野菜サラダ・目玉焼きがふたつ・ハムがついて、なんとなんと380円です。これだけだと、朝ごはん食べなくてもいいぐらいの量ですよ!そして、下の写真は某公共放送・岐阜放送局の社員食堂のお昼メニューのハンバーグランチでNikon2009_1130_009 す。

朝といい、お昼といいちょっと多めなカロリー摂取を余儀なくされました。その分今夜は歩かなきゃと・・・。明日はどんな出会いがあるのでしょうね

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