飛騨川バス転落から早や40年
1968年8月18日未明から、私が住んでいる中濃地方は集中豪雨だった。前日から大雨が降り続き、我が町から北へ約25㌔付近にある加茂郡白川町の国道41号線に沿った山の斜面が、この豪雨で崩れ落ち通りかかった乗鞍登山を目指し、豪雨で途中引き返えしていた観光バス2台を直撃した。当時の飛騨川は、前夜からの豪雨で水かさが国道付近まで達し、危険な状態だったと思う。観光バスはその濁流に巻き込まれて乗員乗客ら104人が犠牲となった「飛騨川バス転落事故」である。当時、私は二十歳そこそこの青年だったが、未だにあの事故のことは覚えている。事故が起きて4日ぐらい経って、遺体の多くが我が町で収容された。私自身も、水が減った河川敷で男性2人の遺体を発見し収容した経緯がある。あれから40年が経ち、今はあの大事故が嘘のように事故が起きた飛騨川は、川底が見えないくらい低い水位で、濃い緑色の清流が流れ静まり返っている。事故のあとに建てられた慰霊碑「天心白菊の塔」には、今でも沢山の供花が添えられている。
| 固定リンク


コメント
もう四十年も経ちましたか。あの時は本当に痛ましい事故だったね(泣)遺体収容で、僕らもpecoさんらも大勢担ぎ出され、確か二十体ぐらい収容しましたもんね。その後が大変で、毛布に包んで近くの公民館の遺体安置所までリヤカーを引っ張って汗だくになった覚えがあります。
投稿: けんちゃんのパパ | 2008年8月21日 (木) 11時08分
思い出されましたか?
40年経つなんて早いですね。
今でもあの事故があった場所を通るたびに
思い出します。
けんちゃん
その後、食欲はありますか?
まだ元気がなかったら
早めに獣医さんに診てもらったら?
投稿: peco | 2008年8月21日 (木) 19時17分