続・徳山ダム
10月14日の瓦版あれこれで、「徳山ダム完成」の記事をブログにしたが、どうしてもこの眼で確認したくて現地に赴いた。我が家を9時に出発し、岐阜市から303号線を揖斐川町に向いて西進し、藤橋から417号線を経由し約2時間で徳山ダムに着いた。大きなロックフィールドダムで、総貯水量は日本一を誇ると説明書きがしてあった。ダム湖の水面はほぼ満水状態で、水が満々に貯まっていた。このダム湖の下に旧徳山村集落があったのかと思うと複雑な気持ちになってしまった。ひと通りダム湖を隅々まで見せてもらい、更に奥にある徳山記念館へと向かった。ここには、廃村がきまってから独りの年老いたお婆ちゃんが、村集落の人々の活動やら生活風景、それに徳山村の歴史の数々を約七万カットのネガに記録した写真などが保存されていると聞いた。そのお婆ちゃんとは、増山たずこさんであった。その増山さんは昨年、88歳でこの世を去られてしまったが、今も高台からダム湖に水没した旧徳山村を見守っている。
どうしてもその増山お婆ちゃんが撮られた旧徳山村の写真を観たくて、今朝起きてからカミサンに話をしたら一緒に行きたいとのことで出掛けた次第である。この徳山ダムについての詳しい説明などは、14日のブログに記載してあるので省略させてもらうことにしよう。このダム湖から西北に30分ほどで冠山(標高1257㍍)のふもとにでる。ここから先は福井県池田町と南越前町であり、県境となっている。冬は豪雪地帯と化し、国道も通行止めになる過疎でもある。下段に沈みゆく徳山小学校校舎(増山さんが撮影したもの)の写真を貼りましたがご本人の承諾は得てありませんが、きっと許してくださると思います。これらの写真は徳山記念館に保存してあります。
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コメント
前回の徳山ダム完成の記事も読ませてもらいました。我が県のお隣だったし、直線距離にすれば徳山ダムまでは七十キロそこそこですから、pecoさん宅より近いのではないでしょうか。
それにしても、増山さんの笑顔はなんとも言いがたい素敵な笑顔です。手に持っていらっしゃるのも当時のコンパクトカメラなんでしょうか・・・
記録に残すことは大変なご努力と、ご尽力それにご家族の協力があってのこと。すばらしいお婆ちゃんですね。ご冥福をお祈りします。
投稿: 和尚さん | 2008年10月29日 (水) 20時40分
ん?そうなんだ・・・
和尚さんの方が近いよね。
次の世代に記録を残すなんて、
増山の婆ちゃん味なことしなはる。
でも、あの増山婆ちゃんの笑顔は
素敵ですよねぇ。
わたしも現場でそっと
手をあわせてまいりました。
投稿: peco | 2008年10月30日 (木) 06時08分
わたしも行きたかったなぁ~
奥揖斐は一度も行ったことはありません。
徳山ダムって遠いんですかぁ~
増山お婆ちゃんって、とっても可愛いお顔をしていらっしゃったのですねぇ。
投稿: ともこ | 2008年10月30日 (木) 09時21分
。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。徳山村の時代にキャンプに行ったことがあります。もう、十五年ぐらい前のことですが、そのときにはダムが出来ることが解かっていたのでしょうね。ひとつの村が消えてしまうことは、何か複雑な心境になりました。
投稿: 田本 | 2008年10月30日 (木) 12時15分
ともこさん>>
ごめん・・・急に思いついて出掛けたので
すんません。
増山婆ちゃんのお顔、良い顔してらっしゃる
よねぇ きっとお茶目な方でしたよ。
田本さん>>
私は旧徳山村には行った事がありませんでした。
数年前に、一度行きたかったけど工事中。
もし、行っていれば、あの増山婆ちゃんに
ひとめお会いできたかも。
投稿: peco | 2008年10月30日 (木) 20時02分