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2009年1月30日 (金)

寝耳に水

ことわざはよく、ど忘れするものである。ことわざそのものは、人の知恵によって作られ日常的にも使われる事が多い。映像文化の普及とともに、言語生活の貧困化が囁かれている昨今、短い語句に擬縮された言葉の知恵を知るには、ことわざの数々を覚えておくのも必要ではないか。私の知人に、ことわざを上手く使い分けるのがいる。在る人はこの友人のことを物知り先生と呼ぶ。別に学校の先生でもないが、彼のスピーチにはやたらことわざが多くでてくる。時々だがハァッ・・・と我に返ることだってある。「情けが仇」なんて、今の人たちに解るだろうか。「馬鹿と鋏は使いよう」もそうだ。ことわざは、人の心を痛めるものでもないが、時と場合によっては変に勘ぐる事さえ生じる。「情けが仇」の例を述べてみよう。よかれと思ってしたことが相手にとっては、かえって悪い結果を招いてしまうことの意味のことである。これを何の気なしに、あいつにはこれこれこうだ・・・と言うと、解っている人にはなるほどと思うが、解りきっていない人には悪いイメージではと勘ぐられる。ことわざは使うタイミングも必要不可欠だし、ジョークで言うものでもない。日本語の難しさは音読み訓読みがあり、読み方さえ間違うととんでもない語録になりかねない。またユニークなことわざもあり「瓢箪から駒がでる」なんていうことわざは、よく耳にする言葉である。また「寝耳に水」も、日常的に使われることわざの代表格であろう。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

pecoさんこんにちわ。
昨日までは、大阪は暖かなお日和でしたよ。この間、寝屋川の辺でホーホケキョと鳴くのが聞こえました。春近しと思われる光景でした。ことわざは面白いですね。知らずとも、綴る言語に我れを忘れて称えることもあります。

投稿: ガバの爺さん | 2009年1月31日 (土) 11時54分

こんにちは pecoさん

若麒麟 本当にこれが寝耳に水ですね、精神的に何かに依存しないと耐えられないんでしょうが、勝負に勝つ前に自分自身に負けてます。
ことわざ「馬鹿と鋏は使いよう」これも親しい仲でないと使えませんね、相手を傷つけてしまいます。「瓢箪から駒」,なかなかこのような出会いはありません、
愁眉を開くと言う事もなく破顔一笑に心がけ、平穏な日々を過ごします。

投稿: moho | 2009年1月31日 (土) 14時29分

ガバの爺さん>>
こんばんは。ホーホケキョ!といえば
ホトトギスですよね(゚▽゚*)
もう、そんな愛くるしい鳴き声が聞こえました?
そうですねぇ春ですよ・・・
こちらも昨日までは春のような穏やかさでした。


mahoさん>>
残念なことですね(ノ_-。)
折角、この初場所が盛り上がってきた矢先
どうしてこんな問題が起きるのでしょう?
おしゃられるように、勝負に勝つ前に己に負けて
しまいます。
連鎖反応のようにならなければと思っています。


投稿: peco | 2009年1月31日 (土) 16時40分

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