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2009年10月29日 (木)

人生の終末とは

二ヵ月前の暑い日のこと。とある方から、こんな悲しい話がありました。家族がなく独りでの生活をなさってる方で、入退院を繰り返していらっしゃる方です。お隣の各務原市に住んでいる方でして、その方との出会いは、十五年ほど前の夏だったと思いますが旅行先で会ったのが最初でした。同じ旅館に宿泊していて、私が泊まった隣の部屋に宿泊されていました。相当酔ってらして、間違って私の部屋に入り込んでみえた方だったんです。泣き上戸の方で、身の上話に始まって家族とは離れ離れになったとかで延々と話をされました。最初は迷惑だと想っていたが、そのうち同情する羽目になってしまった。最愛の奥さんとは死に別れ、たった一人の息子も家を飛び出してしまい、それ以後は独り生活を余儀なくされたと言う。現在は生活保護を受けられ、持病の病気と闘ったていたがつい先日、医者からあと三ヶ月の生命だと宣告されたという。病院にお見舞いに行ったとき、いろいろとお世話になったけど、あと少しの命なんでと涙を見せた。生活保護を受けて、苦しい人生だったろうしいろいろ辛かった人生だろうと想うと、もらい泣きするぐらい辛かった。でもその方は、ひとつだけ自慢されていたのがありました。先立たれた奥さんを5年もの間、一所懸命介護されたことなんです。その奥さん、息を引き取る前にその方の手を握って「一生懸命介護してくれて、嬉しかったよ、ありがとう・・・」と。奥さんから愛されていたことだったようです。その奥さんと、もう少ししたら天国で会えるから死ぬのは怖くない。そう言っていたが、その三ヶ月が刻々と迫ったきたのです。年は私より三つ上の方ですが、かなり老けてみえる。再度、お見舞いに行こうかよそうかと、ちゅうちょしています。けど、やはり気になったので、入院されている病院を伺った。3階の病室へ行ったのですが、名札が貼ってないし部屋を代わったのかと思い、ナースステーションで聞いてみた。そうしたら1週間ほど前に亡くなられ、家を飛び出しはずの息子さんが亡骸を引き取られたと聞いた。その脚でその方の自宅へ出向いたのだが、息子さんにも会えずお線香もあげられずでした。きっと今頃は、奥さんと天国で第二の人生を語り合っているのではと思い、今はそっとしてあげようと思った・・・。儚い人生だったかもしれないが、息子さんがちゃんと引き取ってくれたから良かったのじゃないかと独り言をつぶやいた。

今日から来年の年賀状が売りに出された。えっもうそんな季節に・・・と思われる方もいらっしゃることでしょう。いつも、今年こそインクジェットを止めて、手書きにしようと思うことが数年続いている。でも結果的にはPCでの年賀状作りになってしまうのか、思いがなかなか発揮できないでいる。毎年頂く年賀状の殆どは手書きのものは極僅か、きちんと毛筆で書かれた年賀状は味があって、頂くのにも好いものですよね。

さて、今日はプロ野球選手を目指す球児らには、運命の日でもある長い一日です。ドラフト制度が出来て、希望の球団には入れないがそれでもプロでプレーしたいと志望届けを提出する。そして、今日がその運命の日でした。私は中京大中京へ、Hはトヨタ自動車に午後3時前に到着。このドラフトで、最も注目を浴びたのは菊池雄星であろう。予想外ではあったが6球団からの指名があって、クジを引き当てたのは西武の渡辺監督。幸運の右腕だったのであろう、携帯のテレビで西武が交渉権を獲得したことに、場所は違うが中京大中京の会見場でもワァッ・・・と歓声があがった。ここには50名ほどの報道陣らが詰めかけ、堂林の指名を待っていた。そして二順目に広島東洋が堂林を指名した直後、狭い会見場はどよめいた。そして堂林は同席した大藤監督と固い握手を交わし、ニッコリと微笑んだ。代表質問では「好きな広島球団から指名を受け光栄です。迷いはありませんし、広島にお世話になるつもりです」と、既に広島入りかのようなコメントに場内は、和やかな雰囲気でした。東海地方からは、社会人野球のトヨタ自動車から、中澤・荻野・大谷の3人が指名を受けたようだ。そして8月5日に取材に行った、三重熊野市に学校がある近大高専の鬼肩捕手の鬼屋敷は、巨人が二順目となる上位で単独指名し交渉権を獲得した。高専初となるプロドラフト選手でもあるし、落ち着いたら祝福の電話をしてあげるつもりです。岐阜からは高校生ら指名はなく残念でしたが唯一、大学生1人が阪神から指名を受けた。藤原正典(県岐阜商から立命館大)がそのひとりで、彼が高校生のときから顔なじみの選手。左腕投手でコントロールが素晴らしい選手、きっと即一軍でも通用するのではと思います。

今日は午後から名古屋でしたので、久しぶりに名古屋ご飯を食べてまいりました。名古屋市千種区仲田にある白いきしめんの店です。名古屋と云えばきしめん・・・それも評判の白いきしめんなんです。味はかつをだしで、サッパリ感がありますよ。2009_1029_007

今日はドラフトなどがあって、仕事を終えたのが午後6時を廻ってしまいました。電車・地下鉄を乗り継いでの仕事でしたので、比較的楽な移動時間でもありました。只今午後9時前ですが、やっと家に辿りつきました。明日は週末ですが、どんな出会いがあるのでしょう。

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コメント

私と同じくらいの年齢の方お話、pecoさんの優しい気持ちが伝わって来ました。
元気な頃は何とか成っても老いと病気、一人暮らし寂しい限りですね。
自分は大丈夫かな?と
取り合えず今は幸せ!と思いました。

投稿: aikamu | 2009年10月30日 (金) 08時16分

なんとなく心にジーとくるお話でした。このような最後を迎える方って本当に多いのではないかと思います。
Pecoさんの優しい気持ちが伝わってきます。この時期になると、喪中の挨拶状が届くのですが・・・この方からは届きませんね。それも寂しさを増幅させます。

投稿: ちぶす | 2009年10月30日 (金) 08時29分

じーんと来るお話でした。
pecoさんの優しいお人柄に癒されました。
ありがとうございます。

投稿: はる | 2009年10月30日 (金) 11時56分

aikamuさん>>
こんばんは。
人間、産まれてこの世にいる限り必ず、誰でも死があると思います。
如何に楽しく人生が過ごせるかが、その人にとっての余生でしょうか・・・
aikamuさんは幸せでしょ(*^-^)


ちぶすさん>>
こんばんは。
もう少し、早くお見舞いに行ってあげれたらと後悔しています。
そうですね、この方からはもう来ませんね。
寂しいです(ノ_-。)


はるさん>>
こんばんは。
気優しい方でしたから、余計に残念です。
はるさんとこに遊びにお伺いします。


pecoからのメッセージでした。

投稿: peco | 2009年10月30日 (金) 19時13分

おっこんばんは!おひさしぶりです♪happy01

最後の最後で息子さんが係わってくれたのにはホッとしました。
ただ、なかなか声をかけるきっかけなく悲しい最後になったのは、息子さんもつらかったでしょうね。
pecoさんが気にかけてらっしゃるのが、ひじょうに印象的で、自分ならどうだろうと思わず自問自答してしまいました。。。


↑の卵かけにとんかつにそば!!!
すんごいボリュームでうれしいお値段♪
ヘタにケンタのお得セット食べるより、ぜったい健康的!さらには美味しそう☆
って、、、
ご飯+そばの組み合わせ。。。
なかなかなれませんわ。(笑)

投稿: こまき | 2009年10月30日 (金) 19時56分

こまきさん、こんばんは。
死を宣告された辛い日々だったと思うと、いたたまれなくなりました。
覚悟されていたにも関わらず、平静さを失わない方でしたので余計に残念な気持ちです。

日を改めてお線香でもあげに行ってまいります。

投稿: peco | 2009年10月31日 (土) 22時32分

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