« 博多はえかった | トップページ | 敬老予備群とでも »

2009年11月29日 (日)

冤罪

先日、大垣市で冤罪被害者の方が「冤罪と題した」講演会を催された。逮捕されて17年もの間、獄中で無実を訴えた続けた句中の胸のうちを語られた冤罪被害者とは、あの菅家さんである。この事件は足利事件として、幼い4歳の女の子が殺害されたことに始まった。当時の警察は「確たる証拠」がないにも関わらずその後、栃木県警は不審者として菅家さんを逮捕したのである。そして検察へと身柄を送検され、連日に渡って厳しい取調べを受けた。菅家さんは検察の取調べでも、一貫して事件とは関わりもなく無実であると応えたのであるが・・・朝早くから夜遅くまでの取調べ、そして自白の強要などがあり、殺害したことを認めてしまった。しかし、その後に一審で無期懲役の判決。そして控訴するも二審・三審でも控訴棄却を言い渡された。そして東京高裁は、先ほど述べた「確たる証拠」がないのに逮捕された経緯、そして連日の厳しい取調べの経緯などが次々と表沙汰になった真意など、最終的な決め手であるDNAの誤鑑定が認められたとし、再審を決意し菅野さんを釈放したのである。再審前での釈放は異例でもあり、事実上の無罪であることが認められたのであった。しかし、釈放されたといっても再審が始まったことで、菅野さんの無実が決まった訳ではない。新たな証拠が発見されればまた逮捕拘束されるのである。現在の裁判制度は一般の裁判員が適用され、民間人が裁判員として法廷に立つ新しい制度になった。凶悪な事件での裁判は、「確たる証拠」を元にどう事件を裁くのか、人権と司法がある以上裁く側としては証拠不十分での不起訴ではなく、検察も上告するには慎重な捜査が必要であろうかと推する。菅野さんは、この日17年にも及ぶ獄中の思いを、集まった大勢の聴聞者たちに語りかけた。弁護士もこの問題に触れ、冤罪は絶対に防がなけれならないことを強く訴えた。私自身も、昨年から名古屋地裁で行われた相撲力士暴力死事件での、元相撲部屋親方の裁判を三度にわたって傍聴してきた。日常的に行われたとする稽古と暴力についての真意、稽古と暴力は紙一重と言われてきた相撲界の稽古は、ひとりの若い力士の生命を奪った。裁判は稽古の在りかたについて執拗に被告に問いかけたのたが、部屋を預かり若い力士たちの父親代わりとして、少しでも強くさせたいという本心もあったに違いないが、結果的には業務上過失致死を背負うことになり結審した。裁判というのは、誤信があったり冤罪があってはならない。何の罪もない人が人権を無視され長い間、獄中に拘束されることは絶対にあってはならぬこと。菅家さんはこれから、拘束された17年の不自由な生活から脱皮し、第二の人生が始まったのです。気難しい裁判での冤罪など取上げてしまいましたが、皆さんもこういった裁判など傍聴をされると、事件の特異性がよく解ると思います。どんな刑事事件でも裁判が行われ、公平な裁きが行われるのです。その裁判を傍聴されるのも、貴方にもしも裁判員の通知が来たのならば、きっと役になると思いますよ。

今日は午前中はお休みでしたが、急な仕事が入り出掛ける羽目となりました。帰ってきたのが、日も暮れた7時過ぎでした。突発なことにも対応しなければならないのも、仕事のうちと割り切っていますから別に苦にもなりません。ゆっくりと休みたいのが本音です・・・。2009_1129_013

雨が降った時のモミジではありませんが、ジョウロで水を捲いて雨の場面を想定した写真です。たまたまバラを撮りたくて、雫のカモフラージュをしたのですが花の表情がいまいちだったので諦めて、モミジを撮ってしまいました。という訳でして、今日は美味しい出会いもなくて残念な1日でした。明日こそ、きっと良い出会いがあると信じています。

|
|

« 博多はえかった | トップページ | 敬老予備群とでも »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

pecoさん おはようございますcat
私は、きのう富山の冤罪事件の事がテレビであっていたので
見ましたが、事件の決定的決め手であるDNA鑑定さえ行なわれず犯人にされてしまったそうです。
ちょっとの偶然が重なると、誰もが犯人に仕立て上げられる
可能性があるかと思えば怖いですね。
今日は、おいしい写真の代わりに紅葉ですね。綺麗です。
毎日のお仕事でお休みが少なくて大変ですね。

投稿: ミミ | 2009年11月30日 (月) 08時46分

今日やけど、橋下知事が沖縄の普天間基地を関空に移転してもいいのではと個人的やけど、政府から打診があつたら前向けに協議したいんやと言い出したんでっせ。
いくら個人的やいうても、こんなところにアメリカ軍の基地を持ってきてもうたら我々大阪府民は困りますがな。
阿呆なこといわんといてくれや。
PECOさんはどう思うてんねん、そんな阿呆なことと思いませんか!

投稿: ガバの爺さん | 2009年11月30日 (月) 16時18分

人が人を裁くことって難しいです。
冤罪で死刑になられた人がお気の毒でなりません。

夕べは内藤を応援していましたので
とても残念でした。
きょうもテレビでその話になると
きってしまっています。

投稿: 香菜 | 2009年11月30日 (月) 18時58分

ミミさん>>
こんばんは。
絶対にあってはならぬ冤罪!
過去にもありましたが、法は人を裁く為にあるのではなく罪を裁くものであるとも言われます。
このことを肝に銘じて司法も慎重に、かつ人権を遵守してあげて欲しいですよね。
どんな罪を起こした人でも、同じ人間なんです。
その人を責めるのは法の番人ではなく、罪そのものが責めてくれます。
モミジですか?
お褒め頂きありがとうございます。ジョウロで雫を作ったカモフラージュです(笑)


ガバの爺さん>>
こんばんは。
えっ?
初耳ですが、橋下知事がそのような事をおっしゃったんですか?つい、知らぬとはいえありがとうございます。
確かに、普天間問題で日本政府は沖縄住民と米軍の板ばさみになっていますが、沖縄住民には永年の米軍撤退を希望してるわけですから早く、日米が協議しなきゃいけないと思いますよね。日米安全保障上のこともありますから、あまりギクシャクしないほうがいいかもと、個人的には複雑な心境です。


香菜さん>>
こんばんは。
先ほども、ミミさんにお話しましたが冤罪はあってはならぬことですね。
法は人が創ったもの、罪は人が犯したもの
誰が裁こうとも、でっち上げや意図的な証拠は疑って掛かるべしですね。私はそう思っています。
ボクシングは、私も中継を見てましたが内藤、亀田とも全力で闘ったのだから判定には不服ありません。
亀田一家の過去、今は反省しているわけだからどうのこうの言っても・・・
香菜さんの気持ちは解りますが、応援されてた内藤も精一杯努力したんだからね!


pecoからのメッセージでした。

投稿: peco | 2009年11月30日 (月) 21時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1020526/32412968

この記事へのトラックバック一覧です: 冤罪:

« 博多はえかった | トップページ | 敬老予備群とでも »