« 続)吉野は絶景 | トップページ | 老後の生活 »

2010年4月16日 (金)

京の散歩

京都というと、皆さんは一度や二度、きっと訪れたところではと思います。碁盤の目の街で、判り易い街並みですよね。14日の吉野山から、天理・奈良を素通りして古都 京都へ迂回してきました。行ったところは、北区金閣寺町の鹿苑寺(金閣寺)です。お釈迦さまのお骨を祀った舎利殿が有名で、金箔が貼られたお寺の一部です。鹿苑寺「ろくおんじ」が正式な呼び名だそうですが、一般的には金閣寺のほうが名がしられているのでは。また、臨済宗相国寺派の禅寺でもあります。2層と3層になっており、漆の上から純金の金箔が貼ってあり、屋根には中国ではめでたいと言われる鳳凰が輝いています。応永4年(1397)に足利義満が西園寺家から譲り受けた建物と言われています。1994年、世界文化遺産に登録され古都 京都を代表する仏閣の一つです。

680

686

続いて左京区銀閣寺町の東山慈照寺(銀閣寺)です。京大から東へ直ぐの所にあり、金閣寺と同じく臨済宗相国寺派に属する禅寺です。建立は文明14年(1482)室町幕府八代将軍足利利義と言われています。金閣寺と違って箔は貼ってなく、観音殿として二層からなり一層の心空殿は書院風、二層の潮音閣は、板壁に花頭窓をしつらえてあります。鐘を象った窓としても知られています。ここの庭と池も四季折々の姿を雄姿し、銀沙灘と云われる白砂で富士を象った見事な庭園は眼を見張る壮大さを感じさせてくれます。この銀閣寺も金閣寺と同じく世界文化遺産に登録されており、多くの観光客が押し寄せます。

699

666

698

最後は右京区龍安寺御陵下町にある龍安寺です。直ぐ傍には立命館大や北野天満宮があり、庭が美しいので有名なところです。この寺の正式な呼び名は大雲山龍安寺で、特大寺家の別荘だったのを、宝徳2年(1450)管領細川勝元が譲り受けて寺地とし、妙心寺の義天玄承を開山として創建されたものである。応仁の乱に焼失して、明応8年(1499)に勝元の子である政元が再興したが、寛政9年(1797)火災で方丈・仏殿ろ開山堂などを失った。現在の方丈はその時、西源院の方丈を移築したものであり、方丈の石庭は枯山水の石庭として現在もその美しい姿を保っている。石の像、石群その集合、離散、遠近。起状、禅的、哲学的に見える人の思想、心情によって多岐に解されている。

687

689

692

695

最後に、せめて一つぐらい京都の美味しい食べものをと、おかんからリクエストがありました。土産品は途中に寄ったところで八つ橋など、ドッサリと買い込んでましたが、銀閣寺通りに面した「花ぎんかく」の京ぜんざい・・・です。

700

703

|
|

« 続)吉野は絶景 | トップページ | 老後の生活 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

Pecoさんおはようございます。
まるで絵葉のようですね・・・小学校の修学旅行で奈良と京都に行きました。うーん、懐かしいなあ!
もう一度大人の目でゆっくりと行ってみたい(*^^*)

投稿: ともこ | 2010年4月17日 (土) 08時20分

ともこさん、こんばんは。
14日も、修学旅行の子どもたちや団体客らが大勢きていました。
さすが古都ですね。昔とちっとも変わっていない京都・・・一度、ゆっくりとお出掛けしてみたら(*^^*)

投稿: peco | 2010年4月17日 (土) 20時33分

pecoさん こんにちはcat
私は、京都には2度行った事があります。
1回目は新婚旅行、2度目は娘が大学時代大病をして
休学療養中に二人で行ったので、2度とも思いで深い旅行になりました。
働ける事は有り難いですね。
老後の資金作りにもいいし、何よりも社会の為に働けるのは
生活にも張りがあると思います。

投稿: ミミ | 2010年4月18日 (日) 14時13分

京都へのお出ましが二度もおありだそうで・・・
好いでしょ京都は(♯^_^♯)
新婚旅行で京都にですか?
それじゃ、ミミさんにとっては記念すべき京都なんですね(o^^o)
娘さん、京都の大学だってね。。。。
親元離れてのの学生生活だったのかな?
大病を患われたそうですが、今はお元気で海外生活だから、良しとしなきゃね・・・

投稿: peco | 2010年4月18日 (日) 22時01分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1020526/34250655

この記事へのトラックバック一覧です: 京の散歩:

« 続)吉野は絶景 | トップページ | 老後の生活 »